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JIL SANDER SOUNDS PRESENTS

CISCO RECORDS


JIL SANDER SOUND ZINE

 
 

初刊のテーマは、『音楽と環境』。ジル サンダーを形作るクリエイティブ・マインドをひもときます。

 
 
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音楽はフィルターを介さずに感情を作り出せる、偉大なツールです。

繊細な感性を持つ日本には、音楽への強い文化があります。

そこには、いつも少しの魔法が宿っているのです。

(シモーネ・ベロッティ/クリエイティブ・ディレクター)

 

Simone Bellotti

Creative Director

Photography: Marco Lessi

 
 
Simone Bellotti
 
 

Simone Bellotti

Creative Director

Photography: Marco Lessi

 
 

幼い頃に父が買った日本製のステレオが、やがて私のものになりました。素晴らしい音質で、とても驚いたのを覚えています。若い頃はベース音に惹かれ、いつも大音量で聴いていました。80年代に姉が夢中になって流していたデュラン・デュランやスパンダー・バレエといったバンドの音楽が、自然と私にも染み付いていたのでしょう。やがて友人とクラブに通うようになり、音楽とファッションの両方に関心を抱くようになりました。とくにハウスミュージックには強烈でクールなシーンがありました。

今はまるで逆のアプローチです。小さな音量で、リラックスして聴くのが好きです。サウンドエンジニアの友人のおかげで、常に最良の方法で音を楽しむ環境を手に入れることができました。テクノロジーには強い関心がありますが、私の機材のほとんどは日本やドイツ製であり、その多くに古い技術が使われています。最近はエアータイトという日本のブランドの真空管アンプを買いました。熱によって電気の信号が増幅し、そのエネルギーがスピーカーに送られる構造を、1920年代当時と同じ基準で作れるのはおそらくエアータイトだけです。電源を入れてから音楽を聞けるようになるまで20分ほど待たなくてはなりませんが、その儀式のような時間を私はとても気に入っています。

少し大人になると、クラブで録音されたカセットテープを集めるようになりました。それは友人たちと交換して手に入れるような特別なものでした。最も印象に残っているのは、ヴェネツィア近郊のある伝説的なクラブで録音された1989年のカセットテープです。風の音から始まり、徐々に海の気配を感じ、カモメの鳴き声が流れる。いま思えばその場にいない空間を想像して聴くというあの体験こそが、アンビエントミュージックとの出会いでした。

日本のアンビエント音楽に深く魅了されています。それは最初の瞬間に印象付けようとはせず、時間をかけて聴くことで深い感情が湧きあがってくるのです。吉村弘や坂本龍一のような、ミニマルで力強い音楽には、シンプルな中に多くの発見があり、数値だけでは捉えられない、繊細な感情を大切にする独自の文化を感じます。東京には何度も訪れていますが、日本を理解するにはまだ時間が必要です。しかし、静かなエレガンスと品質への深い敬意を強く感じています。

幼い頃に父が買った日本製のステレオが、やがて私のものになりました。素晴らしい音質で、とても驚いたのを覚えています。若い頃はベース音に惹かれ、いつも大音量で聴いていました。80年代に姉が夢中になって流していたデュラン・デュランやスパンダー・バレエといったバンドの音楽が、自然と私にも染み付いていたのでしょう。やがて友人とクラブに通うようになり、音楽とファッションの両方に関心を抱くようになりました。とくにハウスミュージックには強烈でクールなシーンがありました。

今はまるで逆のアプローチです。小さな音量で、リラックスして聴くのが好きです。サウンドエンジニアの友人のおかげで、常に最良の方法で音を楽しむ環境を手に入れることができました。テクノロジーには強い関心がありますが、私の機材のほとんどは日本やドイツ製であり、その多くに古い技術が使われています。最近はエアータイトという日本のブランドの真空管アンプを買いました。熱によって電気の信号が増幅し、そのエネルギーがスピーカーに送られる構造を、1920年代当時と同じ基準で作れるのはおそらくエアータイトだけです。電源を入れてから音楽を聞けるようになるまで20分ほど待たなくてはなりませんが、その儀式のような時間を私はとても気に入っています。

少し大人になると、クラブで録音されたカセットテープを集めるようになりました。それは友人たちと交換して手に入れるような特別なものでした。最も印象に残っているのは、ヴェネツィア近郊のある伝説的なクラブで録音された1989年のカセットテープです。風の音から始まり、徐々に海の気配を感じ、カモメの鳴き声が流れる。いま思えばその場にいない空間を想像して聴くというあの体験こそが、アンビエントミュージックとの出会いでした。

日本のアンビエント音楽に深く魅了されています。それは最初の瞬間に印象付けようとはせず、時間をかけて聴くことで深い感情が湧きあがってくるのです。吉村弘や坂本龍一のような、ミニマルで力強い音楽には、シンプルな中に多くの発見があり、数値だけでは捉えられない、繊細な感情を大切にする独自の文化を感じます。東京には何度も訪れていますが、日本を理解するにはまだ時間が必要です。しかし、静かなエレガンスと品質への深い敬意を強く感じています。

音楽は、フィルターを介せずに直接的な感情を生み出すことができるメディウムです。説明を必要としません。それは即時性ともいうべきでしょうか。そして音楽は忘れていた記憶を呼び起こすものでもあり、想像力を広げてくれるのです。ソーシャルメディアに反対しているわけではありませんが、現代はすべてが見えすぎています。人は目に見えないものや知らないことがあるから、何かを探究したいという好奇心が生まれるのです。服は音楽と同じ即時性を目指しているものの、それは容易ではありません。なぜならファッションは説明を必要とするからです。しかし、歴史的に見れば多くの即時的なデザイナーが存在して、彼らがファッションの歴史を変えたのも事実です。

ジル サンダーのようなブランドには、服のイメージを損なうことなく、私たちの繊細な表現との対話を生み出せる音楽を見つけることが不可欠です。現時点では、強すぎることも、速すぎることもなく、穏やかで洗練された音楽というアプローチを持っています。

コレクションで何を達成したいのかを先に定義し、それに合う音楽を考えます。ルッジェーロ・ピエトロマルキが引き出してくれた私の感情のエッセンスを、ローレル・ヘイローに伝え、彼女が音を提案し、方向性が固まっていく。それはとても光栄な対話です。私たちのプロセスは、少しずつ進化しています。最初のショーはインストゥルメンタルでしたが、今回のショーはよりドラマチックな感情を追求したかったのです。キアラ・バルジーニの詩とキム・ゴードンの声、そしてジョン・ケイルの歌が加わりました。それは私がショーの準備中に抱いた、穏やかな中に力強さを感じさせる感情を具現化させるものでした。

手掛けたコレクションと音楽がぴたりとつながって、それが正しいものであると思えたとき、幸せを感じます。そしてその感情をより多くの人々と共有できたなら、これ以上の喜びはありません。

 
 

Curated by Simone Bellotti

音楽は、フィルターを介せずに直接的な感情を生み出すことができるメディウムです。説明を必要としません。それは即時性ともいうべきでしょうか。そして音楽は忘れていた記憶を呼び起こすものでもあり、想像力を広げてくれるのです。ソーシャルメディアに反対しているわけではありませんが、現代はすべてが見えすぎています。人は目に見えないものや知らないことがあるから、何かを探究したいという好奇心が生まれるのです。服は音楽と同じ即時性を目指しているものの、それは容易ではありません。なぜならファッションは説明を必要とするからです。しかし、歴史的に見れば多くの即時的なデザイナーが存在して、彼らがファッションの歴史を変えたのも事実です。

ジル サンダーのようなブランドには、服のイメージを損なうことなく、私たちの繊細な表現との対話を生み出せる音楽を見つけることが不可欠です。現時点では、強すぎることも、速すぎることもなく、穏やかで洗練された音楽というアプローチを持っています。

コレクションで何を達成したいのかを先に定義し、それに合う音楽を考えます。ルッジェーロ・ピエトロマルキが引き出してくれた私の感情のエッセンスを、ローレル・ヘイローに伝え、彼女が音を提案し、方向性が固まっていく。それはとても光栄な対話です。私たちのプロセスは、少しずつ進化しています。最初のショーはインストゥルメンタルでしたが、今回のショーはよりドラマチックな感情を追求したかったのです。キアラ・バルジーニの詩とキム・ゴードンの声、そしてジョン・ケイルの歌が加わりました。それは私がショーの準備中に抱いた、穏やかな中に力強さを感じさせる感情を具現化させるものでした。

手掛けたコレクションと音楽がぴたりとつながって、それが正しいものであると思えたとき、幸せを感じます。そしてその感情をより多くの人々と共有できたなら、これ以上の喜びはありません。

 
 
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01.

Nexus

Mohammad Reza Mortazavi



 
 
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04.

We Must Become the Pitiless Censors of Ourselves

John Maus

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02.

Spirit Sensitive

Chino Freeman



 
 
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05.

Nina Simone At Carnegie Hall

Nina Simone

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03.

Sibelius: Violin Concerto in D Minor, Op. 47

Jascha Heifetz, Chicago Symphony Orchestra & Walter Hendl

 
 
 
 
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06.

Surround

Hiroshi YoshimuraP05

 
 
 

Laurel Halo

Musician

Photography : Marco Lessi

 
 
Laurel Halo
 
 

Laurel Halo

Musician

Photography : Marco Lessi

 
 

――デトロイトを拠点に活動するローレル・ヘイローは、電子音楽から即興演奏、現代音楽まで領域を横断しながら、音を空間や時間の経験として探求。ショーの音楽制作は、クリエイティブ・ディレクターのシモーネ・ベロッティとの対話から始まりました。

ショーのコンセプトや空気感については、かなり時間をかけて話し合いました。ひとつの軸として考えたのはミニマルな構造です。ただ、それを単に削ぎ落とされたものにはしたくなかった。推進力のあるリズムを保ちながら、ストリングスやアコースティックピアノのような感情的な響きをどう共存させるか。それが今回の課題でした。

――今回のショーにおける制作のフォーカスポイントは何でしたか?

アルバムのために単独で作曲することと、ショー全体の一部としての音楽制作の違いを強く意識していました。アルバムの場合、音楽はレコードやアートワーク、物語といった枠組みの中で独立して存在します。でも、作曲家として関わるときは、音楽が全体の構造や空気感にどう貢献するかが重要になります。ジル サンダーの文脈の中で存在する音楽を作ることは、とても興味深い体験でした。もちろん、各楽曲は単独で聴いても成立しますが本当に息づくのは、ショーという儚い瞬間の中に置かれたときなんです。

――タイトル「Train」に込めた意味は?

“Train(列車)”と名付けたのは、この曲がいくつもの重層的なパターンで構成され、少しずつ変化を続けているからです。ピアノは反復しているように聴こえますが、実際にはわずかに位相がずれていく。その感覚が、列車に乗っている体験を想起させました。音楽と同じようにループしているような感触がありながら、外の風景は常に変わっていく。一方で、次の場所へと乗客を運ぶメカニズム自体は同じ動きを繰り返している。その二重性が、この曲と重なったのです。

――デトロイトを拠点に活動するローレル・ヘイローは、電子音楽から即興演奏、現代音楽まで領域を横断しながら、音を空間や時間の経験として探求。ショーの音楽制作は、クリエイティブ・ディレクターのシモーネ・ベロッティとの対話から始まりました。

ショーのコンセプトや空気感については、かなり時間をかけて話し合いました。ひとつの軸として考えたのはミニマルな構造です。ただ、それを単に削ぎ落とされたものにはしたくなかった。推進力のあるリズムを保ちながら、ストリングスやアコースティックピアノのような感情的な響きをどう共存させるか。それが今回の課題でした。

――今回のショーにおける制作のフォーカスポイントは何でしたか?

アルバムのために単独で作曲することと、ショー全体の一部としての音楽制作の違いを強く意識していました。アルバムの場合、音楽はレコードやアートワーク、物語といった枠組みの中で独立して存在します。でも、作曲家として関わるときは、音楽が全体の構造や空気感にどう貢献するかが重要になります。ジル サンダーの文脈の中で存在する音楽を作ることは、とても興味深い体験でした。もちろん、各楽曲は単独で聴いても成立しますが本当に息づくのは、ショーという儚い瞬間の中に置かれたときなんです。

――タイトル「Train」に込めた意味は?

“Train(列車)”と名付けたのは、この曲がいくつもの重層的なパターンで構成され、少しずつ変化を続けているからです。ピアノは反復しているように聴こえますが、実際にはわずかに位相がずれていく。その感覚が、列車に乗っている体験を想起させました。音楽と同じようにループしているような感触がありながら、外の風景は常に変わっていく。一方で、次の場所へと乗客を運ぶメカニズム自体は同じ動きを繰り返している。その二重性が、この曲と重なったのです。

――今回のコレクションからどんな印象を受けましたか?

シモーネとの会話の中で特に印象的だったのが“余剰を本質にする”というアイデアです。“Superfluous”は本来『不要なもの』という意味ですが、それを本質的なものへと変えていく考え方がとても美しいと思いました。背面にたっぷりと布を使ったジャケットがありましたね。要素を加えているのに装飾にはならない。むしろ、何を本質とみなすのかを問い直しているように感じました。

――日本の音楽から影響を受けていますか?

宮崎駿の大ファンなので、久石譲の音楽も深く愛していますし、日本の音楽から強いインスピレーションを受けています。特にピアノを中心とした音楽に関しては、坂本龍一はとても大きな存在です。日本の芸術には、無常や不完全さに目を向ける美意識を感じています。そして記憶の媒体として、また今この瞬間に留まるように促すノスタルジーも存在します。長い時間軸の中でほんの小さな点に存在しているという自覚(これを日本語では一期一会と言うのでしょう)。私は日本で育ったわけではありませんが、久石譲の音楽は幼少期や無垢だった時間の記憶を呼び起こす。そして坂本龍一の音楽には、精密でありながら繊細な質がある――まさに「一期一会」の性質が宿っていると思います。

――ファッションショーにおける音楽についてどう感じていますか?

ある瞬間までは、音楽は環境の一部である必要があります。音そのものが主人公ではありません。衣服、身体、光、そして音。それらが重なり合うことでショーという空間を創り出す。ジル サンダーにおいて音楽は、その静かな層を形づくる存在として置かれているのだと思います。

――今回のコレクションからどんな印象を受けましたか?

シモーネとの会話の中で特に印象的だったのが“余剰を本質にする”というアイデアです。“Superfluous”は本来『不要なもの』という意味ですが、それを本質的なものへと変えていく考え方がとても美しいと思いました。背面にたっぷりと布を使ったジャケットがありましたね。要素を加えているのに装飾にはならない。むしろ、何を本質とみなすのかを問い直しているように感じました。

――日本の音楽から影響を受けていますか?

宮崎駿の大ファンなので、久石譲の音楽も深く愛していますし、日本の音楽から強いインスピレーションを受けています。特にピアノを中心とした音楽に関しては、坂本龍一はとても大きな存在です。日本の芸術には、無常や不完全さに目を向ける美意識を感じています。そして記憶の媒体として、また今この瞬間に留まるように促すノスタルジーも存在します。長い時間軸の中でほんの小さな点に存在しているという自覚(これを日本語では一期一会と言うのでしょう)。私は日本で育ったわけではありませんが、久石譲の音楽は幼少期や無垢だった時間の記憶を呼び起こす。そして坂本龍一の音楽には、精密でありながら繊細な質がある――まさに「一期一会」の性質が宿っていると思います。

――ファッションショーにおける音楽についてどう感じていますか?

ある瞬間までは、音楽は環境の一部である必要があります。音そのものが主人公ではありません。衣服、身体、光、そして音。それらが重なり合うことでショーという空間を創り出す。ジル サンダーにおいて音楽は、その静かな層を形づくる存在として置かれているのだと思います。

 
 
Takashi Honma photo
 
 
 
 

Soshi Takeda

Musician

Photography: Katsumi Omori

 
 
Soshi Takeda
 
 

Soshi Takeda

Musician

Photography: Katsumi Omori

 
 

――1988年生まれのSoshi Takedaは、4歳からのピアノと学生時代のバンド活動を経て電子音楽へ。90年代のディープハウス、アンビエント、チルアウトの質感を纏う彼の旋律の奥底には「幼い頃に観た『金曜ロードショー』、あるいは久石譲の諸作からの影響もあると思う」と語るように、郷愁や安らぎを感じさせる心象風景が息づいています。

部屋を埋め尽くす機材は、かつての自分のアイデンティティでもありました。でも、いつしか手段が目的化し、機材に操られているような“停滞”を感じるようになりました。敬愛する岡本太郎さんの言葉「積み重ねるな、積み減らせ」にも影響を受け、ヴィンテージ機材を、昨年ほとんど手放したんです。

――物理的な制約を捨て、圧倒的な余白を選び取った。削ぎ落としたのは機材だけでなく、現代人にとってマストなライフラインとなったスマートフォンとも距離を置くまでに至りました。

きっかけは子育てを機に自分の時間がなくなったことでした。そんな折、一日のスクリーンタイムを見て愕然としたのです。あれほど自由がないと思っていたけれど、じつは膨大な時間をデジタルの海に流していただけだったと気付かされました。

――常に見えない何かに接続され、アルゴリズムによって最適化された情報が流し込まれる現代の生活を彼は「手綱を他人に握られている状態」と表現しました。

街を眺めたり、自身を内省する時間が増え、無意識下でやりたかったこと、自分がどうありたいかを考え直すきっかけともなりました。現状を把握するアンテナの感度が、著しく下がっていたことを初めて気づきました。

――1988年生まれのSoshi Takedaは、4歳からのピアノと学生時代のバンド活動を経て電子音楽へ。90年代のディープハウス、アンビエント、チルアウトの質感を纏う彼の旋律の奥底には「幼い頃に観た『金曜ロードショー』、あるいは久石譲の諸作からの影響もあると思う」と語るように、郷愁や安らぎを感じさせる心象風景が息づいています。

部屋を埋め尽くす機材は、かつての自分のアイデンティティでもありました。でも、いつしか手段が目的化し、機材に操られているような“停滞”を感じるようになりました。敬愛する岡本太郎さんの言葉「積み重ねるな、積み減らせ」にも影響を受け、ヴィンテージ機材を、昨年ほとんど手放したんです。

――物理的な制約を捨て、圧倒的な余白を選び取った。削ぎ落としたのは機材だけでなく、現代人にとってマストなライフラインとなったスマートフォンとも距離を置くまでに至りました。

きっかけは子育てを機に自分の時間がなくなったことでした。そんな折、一日のスクリーンタイムを見て愕然としたのです。あれほど自由がないと思っていたけれど、じつは膨大な時間をデジタルの海に流していただけだったと気付かされました。

――常に見えない何かに接続され、アルゴリズムによって最適化された情報が流し込まれる現代の生活を彼は「手綱を他人に握られている状態」と表現しました。

街を眺めたり、自身を内省する時間が増え、無意識下でやりたかったこと、自分がどうありたいかを考え直すきっかけともなりました。現状を把握するアンテナの感度が、著しく下がっていたことを初めて気づきました。

――ドラスティックなデトックスは、当然ながら、その作風にも変化をもたらしています。かつてアンビエント的なアプローチで評価された彼は今、より肉体的で躍動的なトランスへと関心を移していました。

アンビエントミュージックは、しばしば“癒やし”や“睡眠導入”といった機能性を求められがちです。あるいは、過剰なコンセプトや言葉で説明されることもある。でも、僕は音楽に何かしらのファンクションを持たせたいわけではありません。純粋に美しく、聴く人の感情を動かすものでありたい。最近、ジムで身体を動かす時間を持つようになり、好みのサウンド自体も、よりエネルギッシュな方向へ向かっていますが、根底にあるのは変わらず美しさへの探求心に他なりません。

――デジタルノイズを遮断した余白の中で本当に必要な音だけを拾い上げる。それは隠遁ではなく、情報の濁流の中で「何を選び、何を選ばないか」を自らの意思で決定するという、極めて現代的でラグジュアリーなアティチュードといえるでしょう。

何も考えない時間によって知識や経験が結実し、点と点が繋がる。『インスピレーションってこういうことか』と、いろいろ手放してみて気づくことができました。何かを失ったというより、足枷がなくなった感覚に近い。余白があるから、次はもっと新しい表現ができる。少なくとも今はそう考えています。

――ドラスティックなデトックスは、当然ながら、その作風にも変化をもたらしています。かつてアンビエント的なアプローチで評価された彼は今、より肉体的で躍動的なトランスへと関心を移していました。

アンビエントミュージックは、しばしば“癒やし”や“睡眠導入”といった機能性を求められがちです。あるいは、過剰なコンセプトや言葉で説明されることもある。でも、僕は音楽に何かしらのファンクションを持たせたいわけではありません。純粋に美しく、聴く人の感情を動かすものでありたい。最近、ジムで身体を動かす時間を持つようになり、好みのサウンド自体も、よりエネルギッシュな方向へ向かっていますが、根底にあるのは変わらず美しさへの探求心に他なりません。

――デジタルノイズを遮断した余白の中で本当に必要な音だけを拾い上げる。それは隠遁ではなく、情報の濁流の中で「何を選び、何を選ばないか」を自らの意思で決定するという、極めて現代的でラグジュアリーなアティチュードといえるでしょう。

何も考えない時間によって知識や経験が結実し、点と点が繋がる。『インスピレーションってこういうことか』と、いろいろ手放してみて気づくことができました。何かを失ったというより、足枷がなくなった感覚に近い。余白があるから、次はもっと新しい表現ができる。少なくとも今はそう考えています。

 
 
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2024年リリースの最新LP『Secret Communication』は2022~23年にかけて、自宅のスタジオで80年代や90年代のハードウェアを用いて制作。幻想と感情、意図とインスピレーションが一体となった、軽快なベースが、豊かなアンビエンス。色鮮やかで美しい6つのトラックが収録されている。

 
 
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About CISCO

 
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About CISCO

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期間限定でジル サンダー銀座のアートスペースに復活するCISCOは、1970年に渋谷で誕生し、音楽を媒介としたコミュニケーションによって日本のユースカルチャーを支えてきた、名門レコードショップのひとつでした。

当時、渋谷と池袋の西武百貨店内にユース向けの新たなコンセプトフロアが誕生すると、ファッションとサブカルチャーが交差するその空間の中核として、同店に白羽の矢が立つことになります。既存のポップスや歌謡曲を一切扱わず、欧米でヒットしたモダンジャズやロックの輸入盤をいち早く空輸し、ほぼタイムリーに店頭へ並べる。この手法は、当時の小売業の常識からすればきわめて前衛的な試みでもありました。CISCOは、単なるレコードショップの枠を超え、最先端の海外、あるいは辺境の文化に触れることのできる希少な実験場として機能し始めていきます。

やがて拠点を渋谷・宇田川町へ移した同店は、街の景色そのものと深く結びつくアイコン的な存在となりました。店舗へと続く階段状の坂道がいつしか“シスコ坂”と呼ばれるようになったことは、その存在が都市の記憶に刻まれていた何よりの証左ともいえます。

渋谷が世界に誇れるレコード街へと飛躍する転機となったのは、1981年の大型外資系レコードショップの進出にありました。大手の波と呼応するように、宇田川町周辺には大小さまざまなレコード店が密集し、最盛期には200を超える店舗が軒を連ねる。「世界一レコードショップが多い街」としてギネスに認定されるほどの熱気が、そこには確かに存在していたのです。

90年代に入ると、隣接する円山町界隈にナイトクラブが次々とオープンしました。国内外からDJやヴァイナル中毒者たちが渋谷へと集まり、入荷日ともなれば、店内はまるで満員電車のような混雑に包まれた。無数の店舗がひしめく中で、CISCOがひときわ象徴的な存在であり続けた理由は、そこが新たなカルチャーを創造するメディアハブとして機能していたからにほかならないのです。

期間限定でジル サンダー銀座のアートスペースに復活するCISCOは、1970年に渋谷で誕生し、音楽を媒介としたコミュニケーションによって日本のユースカルチャーを支えてきた、名門レコードショップのひとつでした。

当時、渋谷と池袋の西武百貨店内にユース向けの新たなコンセプトフロアが誕生すると、ファッションとサブカルチャーが交差するその空間の中核として、同店に白羽の矢が立つことになります。既存のポップスや歌謡曲を一切扱わず、欧米でヒットしたモダンジャズやロックの輸入盤をいち早く空輸し、ほぼタイムリーに店頭へ並べる。この手法は、当時の小売業の常識からすればきわめて前衛的な試みでもありました。CISCOは、単なるレコードショップの枠を超え、最先端の海外、あるいは辺境の文化に触れることのできる希少な実験場として機能し始めていきます。

やがて拠点を渋谷・宇田川町へ移した同店は、街の景色そのものと深く結びつくアイコン的な存在となりました。店舗へと続く階段状の坂道がいつしか“シスコ坂”と呼ばれるようになったことは、その存在が都市の記憶に刻まれていた何よりの証左ともいえます。

渋谷が世界に誇れるレコード街へと飛躍する転機となったのは、1981年の大型外資系レコードショップの進出にありました。大手の波と呼応するように、宇田川町周辺には大小さまざまなレコード店が密集し、最盛期には200を超える店舗が軒を連ねる。「世界一レコードショップが多い街」としてギネスに認定されるほどの熱気が、そこには確かに存在していたのです。

90年代に入ると、隣接する円山町界隈にナイトクラブが次々とオープンしました。国内外からDJやヴァイナル中毒者たちが渋谷へと集まり、入荷日ともなれば、店内はまるで満員電車のような混雑に包まれた。無数の店舗がひしめく中で、CISCOがひときわ象徴的な存在であり続けた理由は、そこが新たなカルチャーを創造するメディアハブとして機能していたからにほかならないのです。

激動の時代の只中、同店はいち早くジャンルの細分化にも着手しました。ヒップホップ、ハウス、テクノといったフォーマット特化型の専門店を展開し、各シーンに精通した専属バイヤーたちが、未知のサウンドを東京のストリートへと届け続けました。まだインターネットのない時代、同じ熱量を持つ人々が集い、音楽と情報を交換し合う。都市に開かれたサロンとしての役割も担っていたのです。

2000年代初頭、デジタル音源と携帯音楽プレーヤーの急速な普及という抗いがたい潮流が音楽業界全体に訪れます。市場は一変し、世界中のレコードショップが深刻な打撃を受けるなか、2007年冬、CISCOもまた惜しまれつつ全店舗を閉鎖しました。宇田川町のレコード店は最盛期の半数以下に減り、ひとつの熱狂的な時代が幕を下ろしました。

しかし近年、アナログレコードは再び評価され、国内生産枚数も劇的な回復を遂げています。音楽が実体のないデータとして消費される現代において、フィジカルでこそ叶う所有欲、店舗という空間が持つ本質的な価値が改めて問い直されています。

ジル サンダーは「音楽と環境」の関係性を考えています。銀座店のアートスペースで蘇るCISCOは、単なる過去へのノスタルジーではありません。未知の音楽と出会う純粋な歓び、人と人とが交差して生まれるコミュニケーション。その本質を現在進行形で提示する、きわめて現代的な試みともいえます。

激動の時代の只中、同店はいち早くジャンルの細分化にも着手しました。ヒップホップ、ハウス、テクノといったフォーマット特化型の専門店を展開し、各シーンに精通した専属バイヤーたちが、未知のサウンドを東京のストリートへと届け続けました。まだインターネットのない時代、同じ熱量を持つ人々が集い、音楽と情報を交換し合う。都市に開かれたサロンとしての役割も担っていたのです。

2000年代初頭、デジタル音源と携帯音楽プレーヤーの急速な普及という抗いがたい潮流が音楽業界全体に訪れます。市場は一変し、世界中のレコードショップが深刻な打撃を受けるなか、2007年冬、CISCOもまた惜しまれつつ全店舗を閉鎖しました。宇田川町のレコード店は最盛期の半数以下に減り、ひとつの熱狂的な時代が幕を下ろしました。

しかし近年、アナログレコードは再び評価され、国内生産枚数も劇的な回復を遂げています。音楽が実体のないデータとして消費される現代において、フィジカルでこそ叶う所有欲、店舗という空間が持つ本質的な価値が改めて問い直されています。

ジル サンダーは「音楽と環境」の関係性を考えています。銀座店のアートスペースで蘇るCISCOは、単なる過去へのノスタルジーではありません。未知の音楽と出会う純粋な歓び、人と人とが交差して生まれるコミュニケーション。その本質を現在進行形で提示する、きわめて現代的な試みともいえます。

 
 
 

Hiroyasu Sato

Speaker Designer

Photography: Ian Lanterman

 
 
Hiroyasu Sato
 
 

Yutaka Hirose

Musician

Photography: Katsumi Omori

 
 

――スピーカーデザイナーの佐藤博康は、 2001年にイースタンサウンドファクトリー(以下、ESF)を設立し、設計という分野から空間をデザイン。スピーカーの存在を感じさせない、正確な音づくりを理想に掲げています。

幼少期から音楽が好きだったこともあり、自然と音響の世界に入りました。もともとはサウンドシステムを扱う米国企業に勤めていましたが、自分を満足させる音を作りたいと思い、2001年に独立し、ESFを設立しました。ESFでは音響機器の設計・空間のデザインの他に、オーディオ機器の輸入代理店を務めています。

自身の理想を追い求める中で、故・坂本龍一さんとの出会いがありました。ESFが輸入代理店を務めるドイツの「musikelectronic geithain」のスピーカーを坂本さんがとても気に入られて、そこから私と坂本さんの関係が始まりました。いろいろなインスタレーションやツアーなどの音響をサポートするようになりました。

彼の要求はシンプルで、スピーカーの存在を感じさせないものを求めていました。そのためには製品の性能と、システムをデザインする高い能力が求められます。良質なスピーカーとシステムの存在感をどのように消して生かすか。坂本さんはその両方を説いていましたが、基本はピアノがちゃんとピアノの音であればいいという考えでした。彼の要求を実現するために、できることの全てを尽くしてきました。

――スピーカーデザイナーの佐藤博康は、 2001年にイースタンサウンドファクトリー(以下、ESF)を設立し、設計という分野から空間をデザイン。スピーカーの存在を感じさせない、正確な音づくりを理想に掲げています。

幼少期から音楽が好きだったこともあり、自然と音響の世界に入りました。もともとはサウンドシステムを扱う米国企業に勤めていましたが、自分を満足させる音を作りたいと思い、2001年に独立し、ESFを設立しました。ESFでは音響機器の設計・空間のデザインの他に、オーディオ機器の輸入代理店を務めています。

自身の理想を追い求める中で、故・坂本龍一さんとの出会いがありました。ESFが輸入代理店を務めるドイツの「musikelectronic geithain」のスピーカーを坂本さんがとても気に入られて、そこから私と坂本さんの関係が始まりました。いろいろなインスタレーションやツアーなどの音響をサポートするようになりました。

彼の要求はシンプルで、スピーカーの存在を感じさせないものを求めていました。そのためには製品の性能と、システムをデザインする高い能力が求められます。良質なスピーカーとシステムの存在感をどのように消して生かすか。坂本さんはその両方を説いていましたが、基本はピアノがちゃんとピアノの音であればいいという考えでした。彼の要求を実現するために、できることの全てを尽くしてきました。

そして転機となったのが、2018年、TOHOシネマズからのご依頼です。私もESFのスタッフにとっても、映画館用スピーカーの製作は初めての経験で、戸惑いもありましたが、「TOHOシネマズ 日比谷」のメインシアター・スクリーン1に導入された時には、大きな達成感に溢れていました。それから映画館のスピーカー設計のご依頼が増えていく中で、坂本さんが音響を監修をした映画館「109シネマズプレミアム新宿」にも携わりました。坂本さんが掲げた「曇りなき正確な音」というスローガンに導かれるように空間を再現できたとき、音が掴めるような感覚になりました。この時は僕が理想としている音が出せたと思っています。

余談ですが「109シネマズプレミアム新宿」のロビーで流れている音は坂本さんがデザインされています。彼が目指したのは、映画館に訪れる人の感覚をオフセットするための音でした。移動中のノイズ、新宿の、歌舞伎町の街が放っているノイズ。映画館に着くまでに抱えてきたあらゆるノイズを、ロビーの音でクリアな状態にして、映画に没入して欲しいという意図が込められています。

そして転機となったのが、2018年、TOHOシネマズからのご依頼です。私もESFのスタッフにとっても、映画館用スピーカーの製作は初めての経験で、戸惑いもありましたが、「TOHOシネマズ 日比谷」のメインシアター・スクリーン1に導入された時には、大きな達成感に溢れていました。それから映画館のスピーカー設計のご依頼が増えていく中で、坂本さんが音響を監修をした映画館「109シネマズプレミアム新宿」にも携わりました。坂本さんが掲げた「曇りなき正確な音」というスローガンに導かれるように空間を再現できたとき、音が掴めるような感覚になりました。この時は僕が理想としている音が出せたと思っています。

余談ですが「109シネマズプレミアム新宿」のロビーで流れている音は坂本さんがデザインされています。彼が目指したのは、映画館に訪れる人の感覚をオフセットするための音でした。移動中のノイズ、新宿の、歌舞伎町の街が放っているノイズ。映画館に着くまでに抱えてきたあらゆるノイズを、ロビーの音でクリアな状態にして、映画に没入して欲しいという意図が込められています。

 
 
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――佐藤さんが感じる「いい音とは」?

消えていく音が美しく響くものが好きです。弦やピアノのように、それを表現できる楽器が好きですね。スピーカーを設計する時に、消えていく美しさをしっかり表現することはとても難しいですが、理想通りに仕上がると気持ちが高揚します。

僕の感じるいい音、美しい音は身近な自然にも存在しています。例えば先日、金沢に滞在していた時にホテルの周辺を散歩していると、路地の脇に小さな用水路がありました。すごい量の水が流れていて、水圧がすごかったのですが、その音がとても綺麗でした。そういう出会いや発見は、必ず録音しています。厳密にいえば録音している時点ですでに実際の音とは違うのですが、あくまで記憶のトリガーとして収めている感じです。

――日常の生活音が、創作のモチベーションやインスピレーションになっていますか?

先に話した通り、幼少期から音楽が身近に感じていました。目の前にピアノがあれば弾いてみて、ギターがあれば奏でてみる。ただ、そこに創作の意欲や使命感はありません。もしかすると「何も考えてない」という表現が近いのかもしれません。それでも、楽譜を眺めていると気分が落ち着きます。

――佐藤さんが感じる「いい音とは」?

消えていく音が美しく響くものが好きです。弦やピアノのように、それを表現できる楽器が好きですね。スピーカーを設計する時に、消えていく美しさをしっかり表現することはとても難しいですが、理想通りに仕上がると気持ちが高揚します。

僕の感じるいい音、美しい音は身近な自然にも存在しています。例えば先日、金沢に滞在していた時にホテルの周辺を散歩していると、路地の脇に小さな用水路がありました。すごい量の水が流れていて、水圧がすごかったのですが、その音がとても綺麗でした。そういう出会いや発見は、必ず録音しています。厳密にいえば録音している時点ですでに実際の音とは違うのですが、あくまで記憶のトリガーとして収めている感じです。

――日常の生活音が、創作のモチベーションやインスピレーションになっていますか?

先に話した通り、幼少期から音楽が身近に感じていました。目の前にピアノがあれば弾いてみて、ギターがあれば奏でてみる。ただ、そこに創作の意欲や使命感はありません。もしかすると「何も考えてない」という表現が近いのかもしれません。それでも、楽譜を眺めていると気分が落ち着きます。

それとスピーカーを設計する時間が好きです。この部品を入れて、この負荷をかけたら、こういう音が出る、というようなシミュレーションをして、落書きのようにノートの切れ端に描き、コンピュータで設計図に落とし込んで行くプロセスの中でいい音が鳴るかどうかある程度予測ができるのです。美しい設計図を見る時と、美しい楽譜を見るときの気持ちは同じかもしれません。

――今回、ジル サンダー銀座の音響を担当していただきました。どんな音を目指しましたか?ご存知の通り、それは素敵な空間です。ここに置かれる製品も大切ですが、僕がスピーカーデザイナーとして大切にしたのは、この空間で何が表現されようとしているのかということです。ジル サンダーのみなさんが大切にしている世界観や理想が伝わる音を目指しました。

それとスピーカーを設計する時間が好きです。この部品を入れて、この負荷をかけたら、こういう音が出る、というようなシミュレーションをして、落書きのようにノートの切れ端に描き、コンピュータで設計図に落とし込んで行くプロセスの中でいい音が鳴るかどうかある程度予測ができるのです。美しい設計図を見る時と、美しい楽譜を見るときの気持ちは同じかもしれません。

――今回、ジル サンダー銀座の音響を担当していただきました。

どんな音を目指しましたか?ご存知の通り、それは素敵な空間です。ここに置かれる製品も大切ですが、僕がスピーカーデザイナーとして大切にしたのは、この空間で何が表現されようとしているのかということです。ジル サンダーのみなさんが大切にしている世界観や理想が伝わる音を目指しました。

 
 
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Yutaka Hirose

Musician

Photography: Katsumi Omori

 
 
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Yutaka Hirose

Musician

Photography: Katsumi Omori

 
 

――広瀬豊の『NOVA』は環境音そのものを取り込み、演奏と等価に扱った重要な作品として語り継がれています。

僕が音楽活動を始めた70年代後半の音楽シーンは、ジョン・ケージの『In a Land scape』とか、初期のエリック・サティやモートン・フェルドマンのように、短音で奏でる音楽がブライアン・イーノと結びつくように発展しました。その後、80年代には細野晴臣さんのような、ポップ側からアプローチしたアンビエントミュージックが登場します。2つの流れが結びつくことで、ヒーリングやニューエイジと呼ばれるなど、ジャンルが多様化していきました。

僕が在籍していたサウンド・プロセス・デザインは、博物館や美術館といった施設の中で、音をどう構成していくかを設計段階から携わるような会社でした。それは音楽というよりも、空気になる音を作ろうとしていました。空間に音をつけるのは、例えば1つのテープが10分間流れているところに12分間のテープを流し、お互いをループさせていくと重なり方がズレてきます。その効果を不協和音にならないように考える。自然の中で聞こえる音は1つではありません。風の音や会話の音、いろいろな音を構造として作る。そうした考えの先に作ったのが『NOVA』でした。

時代にも恵まれていました。簡単にいえば世の中にお金があったんです。だから、既成のBGMではなく「ここだけのための音楽」を作って欲しいという依頼が多かったんです。だから自由度も高かった。

――広瀬豊の『NOVA』は環境音そのものを取り込み、演奏と等価に扱った重要な作品として語り継がれています。

僕が音楽活動を始めた70年代後半の音楽シーンは、ジョン・ケージの『In a Land scape』とか、初期のエリック・サティやモートン・フェルドマンのように、短音で奏でる音楽がブライアン・イーノと結びつくように発展しました。その後、80年代には細野晴臣さんのような、ポップ側からアプローチしたアンビエントミュージックが登場します。2つの流れが結びつくことで、ヒーリングやニューエイジと呼ばれるなど、ジャンルが多様化していきました。

僕が在籍していたサウンド・プロセス・デザインは、博物館や美術館といった施設の中で、音をどう構成していくかを設計段階から携わるような会社でした。それは音楽というよりも、空気になる音を作ろうとしていました。空間に音をつけるのは、例えば1つのテープが10分間流れているところに12分間のテープを流し、お互いをループさせていくと重なり方がズレてきます。その効果を不協和音にならないように考える。自然の中で聞こえる音は1つではありません。風の音や会話の音、いろいろな音を構造として作る。そうした考えの先に作ったのが『NOVA』でした。

時代にも恵まれていました。簡単にいえば世の中にお金があったんです。だから、既成のBGMではなく「ここだけのための音楽」を作って欲しいという依頼が多かったんです。だから自由度も高かった。

――日本のアンビエントは、贅沢さが生んだ音楽の象徴とも言えるのでしょうか。

そうかもしれません。自由度が高いということは、こちらの提案も通りやすかった。きれいなだけではなくノイズも受け入れてくれる許容度もありました。それは単にリズムやメロディのある歌ではない、空間のための音楽です。

『NOVA』はとある住宅系企業から自然音と環境音を合わせた音楽を作れないかというお話をいただき、制作したものです。吉村弘さんの『Surround』に続く作品です。この時、僕は「癒し」をテーマにしていたのですが、徐々に違和感を覚えるようになりました。自然音は美しさだけではなく、怖さも表現しなくてはならない。そこに神社仏閣などへの畏敬の念をもたせていくことを考えはじめ、音楽性が変わりました。一人で山に登り、森に入り込んだ時に聞こえてくる音はどういったものか。それは心地が良いものだけではありません。美しさの中に潜む概念的なものをどう捉えるか、が空間音へと繋がっていき、『NOSTALGHIA』が生まれました。

ブライアン・イーノの『Music for Airports』は、空港という空間に対して音を作った。それをアンビエントというジャンルに自らをカテゴライズしただけであり、明確な定義はないのが自論です。僕も自分の音楽がアンビエントだと言い切るつもりはありません。楽器を弾くことも歌うこともなく、音をどう組み合わせて空間を構造するか。それは立体的なパッチワークを作るような感覚でしょうか。

――日本のアンビエントは、贅沢さが生んだ音楽の象徴とも言えるのでしょうか。

そうかもしれません。自由度が高いということは、こちらの提案も通りやすかった。きれいなだけではなくノイズも受け入れてくれる許容度もありました。それは単にリズムやメロディのある歌ではない、空間のための音楽です。

『NOVA』はとある住宅系企業から自然音と環境音を合わせた音楽を作れないかというお話をいただき、制作したものです。吉村弘さんの『Surround』に続く作品です。この時、僕は「癒し」をテーマにしていたのですが、徐々に違和感を覚えるようになりました。自然音は美しさだけではなく、怖さも表現しなくてはならない。そこに神社仏閣などへの畏敬の念をもたせていくことを考えはじめ、音楽性が変わりました。一人で山に登り、森に入り込んだ時に聞こえてくる音はどういったものか。それは心地が良いものだけではありません。美しさの中に潜む概念的なものをどう捉えるか、が空間音へと繋がっていき、『NOSTALGHIA』が生まれました。

ブライアン・イーノの『Music for Airports』は、空港という空間に対して音を作った。それをアンビエントというジャンルに自らをカテゴライズしただけであり、明確な定義はないのが自論です。僕も自分の音楽がアンビエントだと言い切るつもりはありません。楽器を弾くことも歌うこともなく、音をどう組み合わせて空間を構造するか。それは立体的なパッチワークを作るような感覚でしょうか。

 
 
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『NOVA』のオリジナルは1986年、ミサワホーム総合研究所が主宰した環境音楽のシリーズ「サウンドスケープ」の第二弾として発表。2019年にスイスのレーベル「WRWTFWW Records」より、原盤には収録されていない未発表作を多く含む、2枚組のLPが発売された。

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『NOVA』のオリジナルは1986年、ミサワホーム総合研究所が主宰した環境音楽のシリーズ「サウンドスケープ」の第二弾として発表。2019年にスイスのレーベル「WRWTFWW Records」より、原盤には収録されていない未発表作を多く含む、2枚組のLPが発売された。

 
 
 

Ruggero Pietromarchi

Music Supervisor

Photography: Marco Lessi

 
 
Ruggero Petromarchi
 
 

Ruggero Pietromarchi

Music Supervisor

Photography : Marco Lessi

 
 

――22歳の時にイタリアの作曲家兼ピアニスト、ルドヴィコ・エイナウディのマネージャー補佐として音楽のキャリアをスタートさせたルッジェーロ・ピエトロマルキ。多くの優れた音楽家やクリエイターと共鳴を重ね、現在は、自身のプロダクションやミュージック・フェスティバルを主宰。ジル サンダーではミュージック・スーパーバイザーとして、ブランドの聴覚的アイデンティティの構築を担っています。

ルドヴィコの下で、レジェンダリーなミュージシャンたちと仕事をしていても、私は常に実験的な音楽に惹かれていました。それは電子音楽に限らず、ジャズやフォークなどあらゆる分野の新しい試みに興味を抱いていたのです。

シモーネ・ベロッティとは共通の友人を介して知り合って以来、様々な機会で再会を重ねてきました。彼がバリーのクリエイティブ・ディレクターだった頃、ミラノのトーレ・ベラスカで行われたショーのサウンド開発を依頼されました。彼のビジョン、仕事への美学、そしてブルータリズム建築の空間設定は、ミニマルテクノとアンビエントを融合させた音響を構築する私の美的感覚と完璧に調和しました。それは非常に刺激的な体験だったのです。

――ファッションと音楽を融合させる意義とは?

私の仕事は、音楽と環境を結びつけることにあります。そしてファッションもまた環境であり、文化です。シモーネの作品に込められたビジョンとカルチャーが豊かであればあるほど、ファッションと音楽を組み合わせるプロセスは、難しいものではなくなるのです。

――22歳の時にイタリアの作曲家兼ピアニスト、ルドヴィコ・エイナウディのマネージャー補佐として音楽のキャリアをスタートさせたルッジェーロ・ピエトロマルキ。多くの優れた音楽家やクリエイターと共鳴を重ね、現在は、自身のプロダクションやミュージック・フェスティバルを主宰。ジル サンダーではミュージック・スーパーバイザーとして、ブランドの聴覚的アイデンティティの構築を担っています。

ルドヴィコの下で、レジェンダリーなミュージシャンたちと仕事をしていても、私は常に実験的な音楽に惹かれていました。それは電子音楽に限らず、ジャズやフォークなどあらゆる分野の新しい試みに興味を抱いていたのです。

シモーネ・ベロッティとは共通の友人を介して知り合って以来、様々な機会で再会を重ねてきました。彼がバリーのクリエイティブ・ディレクターだった頃、ミラノのトーレ・ベラスカで行われたショーのサウンド開発を依頼されました。彼のビジョン、仕事への美学、そしてブルータリズム建築の空間設定は、ミニマルテクノとアンビエントを融合させた音響を構築する私の美的感覚と完璧に調和しました。それは非常に刺激的な体験だったのです。

――ファッションと音楽を融合させる意義とは?

私の仕事は、音楽と環境を結びつけることにあります。そしてファッションもまた環境であり、文化です。シモーネの作品に込められたビジョンとカルチャーが豊かであればあるほど、ファッションと音楽を組み合わせるプロセスは、難しいものではなくなるのです。

――日常ではどういった音楽を、どんな環境で楽しんでいますか?

レコードが大好きで、3000~4000枚ほど所有しています。それは仕事に役立つだけでなく、生活のインスピレーションでもあり、非常に意味をもつ存在です。何よりも1歳の娘のエレクトラとコレクションを共有することは、とても意義深い体験です。フリートウッド・マックやキャット・スティーヴンスのロック、エイフェックス・ツインなどの現代的エレクトロニクス、そしてショパンやドビュッシーなどのクラシックまで一緒に聴いています。

エイフェックス・ツインの膨大な作品群をすべて把握していませんが、過激な楽曲から傑出した実験的アンビエント作品まで、多様な制作スタイルや表現を心から愛しています。スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスとのコラボレーション、リミックス作品も素晴らしい。業界に対して独自のスタンスを持つという面でも重要な存在です。彼が自身のレーベルと統一された美学で、アーティストのコミュニティを築く手法に、私自身も大いに刺激を受けています。

――ジル サンダーにとって音楽を一言で表現すると?

私たちが生きているこの瞬間に、シモーネが音楽を通して表現しようとしていること、現代音楽の動向、さらに社会的、政治的なレベルで起きていることを洞察し、音として伝えることが私たちの役割といえます。そしてアーティストという繊細で敏感なクリエイターたちが日々感じていることを伝えたい。そういった意味ではジル サンダーにとって音楽とは「今(NOW)」と置き換えることが相応しいでしょう。

 
 

――日常ではどういった音楽を、どんな環境で楽しんでいますか?

レコードが大好きで、3000~4000枚ほど所有しています。それは仕事に役立つだけでなく、生活のインスピレーションでもあり、非常に意味をもつ存在です。何よりも1歳の娘のエレクトラとコレクションを共有することは、とても意義深い体験です。フリートウッド・マックやキャット・スティーヴンスのロック、エイフェックス・ツインなどの現代的エレクトロニクス、そしてショパンやドビュッシーなどのクラシックまで一緒に聴いています。

エイフェックス・ツインの膨大な作品群をすべて把握していませんが、過激な楽曲から傑出した実験的アンビエント作品まで、多様な制作スタイルや表現を心から愛しています。スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスとのコラボレーション、リミックス作品も素晴らしい。業界に対して独自のスタンスを持つという面でも重要な存在です。彼が自身のレーベルと統一された美学で、アーティストのコミュニティを築く手法に、私自身も大いに刺激を受けています。

――ジル サンダーにとって音楽を一言で表現すると?

私たちが生きているこの瞬間に、シモーネが音楽を通して表現しようとしていること、現代音楽の動向、さらに社会的、政治的なレベルで起きていることを洞察し、音として伝えることが私たちの役割といえます。そしてアーティストという繊細で敏感なクリエイターたちが日々感じていることを伝えたい。そういった意味ではジル サンダーにとって音楽とは「今(NOW)」と置き換えることが相応しいでしょう。

 
 
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Tokyo Cityscape Photography: Takashi Homma 

From “TOKYO SUBURBIA” “TOKYO OLYMPIA”

Creative by: MANUSKRIPT

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